Company Overview
有難うございます。マツヤ産業です。
大正13年(1924年)当社は創業者 玉西義雄のもとマツヤ熔工所として創業しました。目的は、家族を養うためでした。程なく、昭和の大恐慌が起き、当社も例外なく恐慌に見舞われ明日をも知れぬ日々となりました。創業者は2週間で立て続けに幼子を二人無くしました。葬儀さえしてやれなかったと晩年まで悔いていました。未来が見えない失意の中、会社とは何かを考え悩みました。
一筋の光が見えたのは、“今ある全てのことに感謝する事の大切さ” そして“世の中の『お役に立つ』ことこそ存在する意義であるということ”に気付いた事でした。
信念に基づき、必死の想いでやりくりした創業者は大恐慌を乗り越え、その会社は100年経った令和の今『マツヤ産業』として存在しています。
『有難うございます。マツヤ産業です』と『今日も1日出来るだけ多くの人のお役にたちますように』は、私たちの最も重要な企業アイデンティティそのものを表す言葉となりました。当社は、毎朝全員で唱和して1日を始めます。
私は冒頭の創業者が永眠した2年後、この世に生を受けた曾孫にあたる子孫です。創業100年の節目を超え、改めて創業時の想いを忘れず受け継いで行きたいと強く想っています。
私たちはこれまで、一貫して日本の”ものづくり”を支える事業を行って参りました。溶接請負業に始まり、ガス・溶接材料の販売。続いて継手・産業機器販売と配管部品加工。最近では装置組立事業やロボットSI事業など商社事業から加工事業まで“ものづくり”をキーワードにあらゆるアプローチで事業を行う会社となりました。
一つ一つ小さなきっかけをいただき、そのきっかけに真摯に向き合ってきたら、自然と事業化が進んだというのが本音です。ただ、先人たちが“真摯”に向き合ってきたからこそ、当社が進化を繰り返して今日にあるのだと強く感じています。もちろん、その小さなきっかけは全て御取引先の皆様が私たちに期待してくださった結果であり、その感謝は言うまでもありません。
世の中は今凄まじいスピードで変化を続けています。その中でも私たちはこれからも『もっと皆様に期待してもらえる会社』を目指し、その期待に応える会社でありたいと考えています。
今後も進化をためらわず、仕事を通じて様々な価値を提供する会社でありたい。そしてその事が世の中のお役に立ち、1人でも多くの人の幸せのお手伝いになると信じています。
代表取締役社長
玉西 陽二
(Yoji Tamanishi)使命
私たちは『ありがとうございます。』を
事業活動で表現するために存在します。
行動指針
一、関わる全ての人々に感謝の心を持ち続けます
一、お客様・取引先・仲間に対して誠実にします
一、自立するために自律します
一、”挑戦”と”行動”で『共に成長する未来』を創造します
一、”謙虚さ”と”強い意志”で信頼される人を目指します
一、心身健やかに努め、”笑顔”と”元気”を表現します
| 社名 |
マツヤ産業株式会社 Matsuya Sangyo Co., Ltd. |
|---|---|
| 代表者 | 代表取締役 玉西 陽二 |
| 創業 | 1924年(大正13年)6月 |
| 設立 | 1955年(昭和30年)5月 |
| 資本金 | 3,000万円 |
| 従業員数 | 53名(パート含む)、役員2名 (2025年4月末現在) |
| 所在地 |
〒577-0044 大阪府東大阪市西堤学園町1-1-19 (本社・大阪工場) |
| 事業拠点 |
伊賀事業所 三重県伊賀市中柘植字上代1110-1 |
| 主要取引先 | 建設機械メーカー、消防車メーカー、特殊車両メーカー 各社 |
| 事業内容 |
|
| 加盟団体 | (社)大阪高圧ガス熔材協同組合、(社)大阪溶接組合、東大阪商工会議所、上野商工会議所 |
| 主要取引銀行 |
三井住友銀行
りそな銀行
池田泉州銀行
大阪シティ信用金庫
日本政策金融公庫
商工組合中央金庫
|
大阪市東区空堀通1丁目にて初代社長 玉西義雄 マツヤ溶工所創業 一般溶接加工請負。
現住所に第2工場並びに営業所を設立、溶接材料の販売と溶接加工を開始する。
本店大阪工場戦災に遭い閉鎖。現住所に本店を移転。営業開始。
マツヤ産業株式会社と法人組織に改組。取扱品目を拡大。
高圧ガス優良事業所として通商産業大臣より表彰を受ける。
油圧関連業界に販売を拡げる。
創業50周年記念式典を挙行。
二代目社長が藍綬褒章受章。
伊賀営業所を開設。
二代目社長が勲5等双光旭日章受章。
ISO9002認証取得。
ISO9001「2000年版」更新完了。
伊賀営業所を大幅増築し「伊賀事業所」とする。
七代目(現)社長 玉西陽二が代表取締役に就任。
ロボットSI事業をスタート。
創業100周年を迎えた。